うつ病になって落ちた記憶力と対策をどうしようか

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日常生活に大きく支障が出て困っている、この件。医療従事者の妻は、脳の病気だからと励ましてくれるけれど、とてもつらい部分だ。何がつらいというと、うつ病になる前の記憶はしっかりしているので、必然的に今までの自分とのギャップが生じて、それに苦しんでいる。という原因と過程がわかっていても、これは非常につらい症状なのだ。

もともと、記憶力は良い方で、「誰とどこに行き、何を食べ、どのような話をしたか」などということは、1か月たってもおおよそ正確に思い出すことができた。また、買い物に向かう前に、買うべきもののリストを頭の中で構築してしまえば、買い物に行った際に漏れが出るということも全くなかった。しかし、うつ病になってから、ちょっと前の記憶が恐ろしく抜けてしまう。そのため、次のようなことに支障が出てしまっている。

買い物

前段にあることが言い過ぎだとしても、例えば「うどんを0から作る」というシチュエーションだとして、「うどん玉」「めんつゆ」「しょうが」「小葱」「揚げ玉」の5品をスーパーマーケットで買い物するとなると、うつ病以前は仮に忘れたとしても「揚げ玉」という、自分にとってはプライオリティがそこまで高くはないものにとどまっていた。(揚げ玉好きの方は申し訳ありません)。この5品、自分の中では、

  1. うどん玉=めんつゆ=しょうが≒小葱
  2. 揚げ玉

という順位になり、揚げ玉以外はどれも重要、若干落ちて小葱というもののため、忘れても揚げ玉程度という図式になるのだが、これがうつ病の現在、順位1のものがすっぽり抜けてしまい、帰宅してから愕然としてしまう。もちろん、うどんが成り立たなくなってしまったのが悲しいのではなく、忘れるはずの無い優先順位が高い物事すら忘れてしまう。そのことに愕然としてしまい、悲しい気持ちになってしまう。

料理

働けない状態である以上、せめて妻の負担を軽減させてあげたいと、料理を積極的に行うようになった。これは支障がでる一方でうつ病は面白いなぁと思うところでもあるのだが、過去に習得している作業は問題なく行えるのだが、新しい手順となった途端に記憶力と判断力が低下しているなぁとしみじみ実感してしまう。

長年の一人暮らしで頻繁に作ってきたチャーハンは、手順の確認をしなくてもスムーズに作ることができるが、例えばクックパッドなどを見て、ポトフを作ろうという、自分の中では新しい料理を手掛けるときに、執拗なくらい作業内容の確認が必要になってしまう。

例えば、下記のような手順の料理があったとする。

  1. 人参、じゃがいもを一口大に切る
  2. 醤油大さじ3、酒大さじ3、みりん大さじ1を合わせる
  3. サラダ油を熱した鍋に豚肉と1を入れて、塩コショウで炒める。火が通ったら2をいれる

どんな料理かは知らないので、あくまで例です。そして、すごい簡単な3ステップの料理で、1と2は何に使うのかも不明だが、これをうつ病の今の状態で作ろうとすると、次のようなフローになってしまう。

  1. 全体の手順を確認
    今まであれば、3ステップ程度の料理であれば、一通り目を通せば必要なもの、やること、分量は把握できていたが、これが困難なため、理解できるまで確認することになる。
  2. 手順1の人参を準備して切る
    この時に、人参を冷蔵庫から出している間に、「あとは何が必要だったか?」となる。
  3. 手順1を確認する
  4. 手順1のじゃがいもを切る
  5. 手順2を確認する
  6. 手順2の醤油を大さじ3杯、計量カップに入れたところで、ほかの材料が気になり始める
  7. 手順2を確認して、酒の準備をする

…というように、書いていてもとてもまどろっこしいのだが、確認した瞬間から1分程度はある記憶が、数分立ったり、手を動かしているとすっぽり忘れしまい、作業をしながら次が気になるという、記憶力の低下を感じるとともに、妙な焦りも生まれてくるのだが、今のところ料理はさほど自分以外の人間に迷惑をかけるものではないので、どちらかというと序文にあるような、「ああ、これがうつ病なんだな」と、憂鬱半分面白さ半分という妙な状態になる。

対策を考えてみた

と、ここまで書き綴ったところで疲れてしまったのである。本当は書きたいことがもっとあったのだが、表題にあるように忘れてしまったのだ。

この前の段落まででおよそ1700字。うつ病になる前であれば、頭の中で考えながら文章を組み立て、書き終わるまで20分程度。仮に推敲をしたとしても、2000字にも満たない文章であれば、1時間もかからず仕上げられたものが、ここを記述している段階で、すでに2時間になってしまっている。ああ、悲しい。面白いもので、リハビリを兼ねてプログラムを書いたり、自宅のネットワーク機器を扱うためのコマンドなんていうのは、しっかり身についている状態で変わっていない。改めて、できることとできないことを整理しなくてはいけない、気がする。

これは別記事で書こうと思っていたのだが、「メモをすればよい」というのも解決なのだが、紙のメモに書いて整理するというのもハードルが高いことになってしまっている。そう考えると、やはりタブレット端末に Apple Pencilのようなスタイラスを使って、メモをデータとして扱うのが良いかもしれない。しかし、コストがかかってしまう。ほかにデメリットはないか? 本当に活用できるか? 楽になるのだろうか? こんなことをすでに1週間近く考え込んでしまっている。この判断力の低下というのも、記憶力の低下とあわさり、なかなかにつらいものなのである。

 

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