うつ病前日の出来事と、とるべきだった対応の考察

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入院期間中に、これまでの失敗や体験、これから起きるであろうことの記録、そういった事を書き綴っておけば、いつかどこかで誰かの役に立つかもしれない。そう思ってから、実際に行動に移すために、およそ3か月かかってしまった。それまで毎日、ほんの少し余裕が出るたびに、準備を始めようと繰り返し思い、さていざ行動に移すとなると、とても気が重くなり行動に移せなかった。そう、私はうつ病になった。そして、これこそがうつ病の症状であることは、プロ棋士の先崎氏も始め、多くの文献で見ることができる。

おいおい、私自身のバックグラウンドなども含めて、いろいろなことを書いていこうと思うが、ここまでの書き出しの300字にも満たない文章ですら、今までの自分とは想像ができないくらい、遅いスピードで記述している。しゃべるよりも早くテキストを起こし、メールなどで対応を行っていた自分がどうしてこのような状態になったのか。今も少し自身を苛むような気持ちになる。

1つのセンテンスですら、まとまった文章を書くことが難しくなっているが、リハビリを始めていかないといけない。これから、取り返さないといけないものや、なしたいことがまだまだあるから。しかし、この意欲と行動がうまく連動せず、行動するができない。サボりとも違う、延々葛藤を続け、結局寝込み何もできない。これは、もともと難なくこれらをこなしていただけに、非常につらい。そして、悲しい。なぜ、このような状態になったのか、薄い記憶や、メモなどの記録を元につづっていこうと思う。

うつ病に対する見分があっても、実際になってみないとわからないことだった。そのことを書き綴ることで、その中でもこれを読んでいるあなたが、うつ病について思い当たる当事者、家族、上司や同僚、経営者など、様々な人が何か具体的な行動を起こすことで、少しでも本人や周りの人に起きるだろう損失を避けられることができれば。ほんの少しでも役に立てばという思いもあり、可能な限り赤裸々に記述していこうと思う。

初めに書くと、「今までの自分と違う、何か違和感を感じる兆候を感じたら(周りの人はそう思えたら)、すぐにでも病院に行くべきだった」というのが、私の後悔だ。今冷静に振り返ると当たり前の話だが、渦中にいる本人がこの選択をとることは難しく、勇気がいる行動になる。しかし、「インフルエンザや風邪と同じようにとらえて、すぐに病院に行く(連れていく)」。そのことで、重症化してしまう前に少しでも軽減することができれば、そのあとに待っている大変なことも、うまくいけば避けることができると思える。

私の場合は、いろいろな経緯があり、この決断が先延ばしとなり、結果的に速やかな治療が受けられなかったことで、自分でも想定していないほどひどい状態となり、多くの不利益を受け、そしてそれを取り返せない状態になってしまった。そして、その時には速やかに病院へ行くことができなかったということをとても後悔しているから。これが当事者としての根拠の理由だ。

どの病院に行くべきか

私の場合は、うつ病の疑いが高いという状態になるまで、2件の病院を渡り、3件目の病院でうつ病の可能性が高いことを指摘され、4件目で確定の診断がくだった。つまり、すぐにうつ病であるということがわかないほど身体症状が出ていた。しかし、自分の体のことは自分が一番知っているはず。医学的に問題があるかどうかは別として、何らかの身体症状が出ているケースは多いと考える。つまり、先に書いたように「インフルエンザや風邪と同じく、該当する症状が出ているなら、すぐにその科の病院にかかるべきである」。例えば、めまいがするのであれば、耳鼻科にかかり、胃痛に苦しむのであれば内科や消化器科。その際にあった出来事を含めて医師に話せば、あとは餅は餅屋。その診断で回復しなければ、その医師に相談するなり、別の病院のいくなり、いくらでも手はある。

ただし、先の項の繰り返しになるが、本人がこの選択をとることは勇気がいる場合が多いと思える。少なくとも私はそうだった。この状態の人がどういった思考の過程を踏まえているかは、別な記事にまとめてみたいと思う。

自分が認識できた、違和感を感じた兆候

この部分は、人によって過程が異なるため、参考程度にこのようなことがあったと羅列していこうと思う。

(1)食欲が急激に落ちた

もともと、定食屋に入ればライスは大盛、ラーメン屋でも麺は大盛。代謝が落ちてきたため、若いころよりは太りやすくなってきたので、節制も頭には考えていたが、特に働いている昼はしっかり食べるというのが、ある種のポリシーだった。しかし、それがある日大盛の量が食べられなくなり、続いて普通盛りもすぐに厳しくなり、病院に行く直前には、そもそも食べ物を口にするのが厳しい状態になっていた。空腹感が全くなく、常に胃のあたりは鈍く沈んだ状態で、鐘を飲み込んだようだった。

(2)今までに考えられないミスをする、やる気が出ない(仕事、日常生活)

基本的に、ASAPで仕事をするタイプだった。可能な限り早く終わらせる、あとに回っているもはそれなりな理由があるもの。調整が難航しそうなものであったり、技術的な壁にぶつかっていたり、誰かの答えを待つような自分自身で完結しないもの。そうでないものは、積み残しを避けるため、そのことを覚えて頭にとどめることを避けるため、すぐに処理をしていた。

それが、今までありえなかったような、ケアレスミス、誤解、そもそもやる気が出ずに取り掛かれなくスタックされてゆく。まるで、頭が霧にかかったような、常に鉄アレイがのっているような感覚で、処理に手落ちがでるため、それを気にしてケアレスミスが起き…というスパイラルが発生していた。

(3)打ち合わせ中にうまく声を出すことができなくなり、トイレで吐血した

しゃべっていると喉がつまり、発声ができないというよりかは、しゃべろうとする頭と声を出す喉がバラバラになったようになった。たとえてみると、腹話術でおなじみの、いっこく堂氏のネタで出てくる、衛星中継のような状態。胃から食道や喉に違和感があり、話すことができずびっくりし、そのうち吐き気が襲ってきたため、トイレで処理しようとすると、大量に吐くわけではなく、胃液を絞り出すような程度の量。その中にコップ1/2ほどの血が混じっていた。

結局自分がトリガーになったものは(3)だった

(1)と(2)の症状は、(3)が起きる1週間前からの症状。この時は単純に疲れているのだろうと思っていた。(3)の状態になり吐血した際は、過去に患っていたマロリーワイス症候群が再発したのか、はたまたもっと深刻な別な病気になってしまったのか、いろいろ考えたが医学的な知見がないため、自治体と行っている救急相談ダイヤルに電話をした。これは、症状が救急車を呼ぶに値するか、判断に迷った際に常駐している医療関係者が対応方法を指南してくれるというサービスで、身体が動ける以上救急車を呼んでよいか迷い連絡してみた。

その結果、すぐに救急車を呼ぶか、最寄りの病院にかかってくださいと言われ、病院に行くことを決意した。

 

次回は、病院に行くまでの流れを書いてみたいと思う。実際にこの文章を書く前は、うまく書けるのか、書いていけるのか、様々なことが不安だったのが、ひとまずは書き記すことができてよかった。今ままではなんともない作業であったことも、はたからみたら、「たったそれだけ?」ということも、今の自分には大変な作業になっている。でも、それでも、一歩一歩前に進めていくしかない。

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